前回は、『DRONE』編集長の猪川氏にメディアへのこだわりや、ドローン業界の日本と海外の違いなどについて語っていただいたが、やはり「現場に行く」ことをポリシーとした猪川氏の話は桁違いにリアルだ。実は、記事に載せられない話も多かった。
後半の今回は、いろいろなことが目まぐるしいスピードで起こるドローン業界の中で、猪川氏が特に注目していること(いたこと)やあまり表に出ない裏話を聞いてみたい。
猪川編集長が注目するドローン分野とは
【田口】前回、猪川さんが提唱していた「ドローン×サムシング(何か)」でビジネスが成立する…ってわかりやすい公式ですね。猪川さんが注目している「サムシング」は何ですか?
色々ありますね。中でも「ドローン×エンターテイメント」、「ドローン×レース」でしょうか?
【田口】「エンタメ」のところから詳しく聞かせてください。
シンガポールのチャンギ空港に行くと『Kinetic Rain』という面白いパブリックアートが展示されています。雨粒が500粒ぐらい空中に浮いているんです。実際は、糸で吊るされた608個の銅製の「水滴」が天井裏にあるモーターによって制御され、15分のシークエンスで上下移動して、様々な形状へ変化します。作品は、メディアアートのART+COMが製作したものです。彼らはBMWのCMでも同じ作品を発表しているので、ご存知の方も多いかと思います。その作品を見て、「空中で何かやりたい」とおぼろげに思っていたことが明確になりました。
Kinetic Rain at Terminal 1 (Official video)
【田口】そういった試みをドローンでやってみたら、ということですね。
ドローンなら、SQUAD DRONE(群体飛行)で簡単に実現できます。群体飛行は、何年か前にアルスエレクトロニカというメディアアート見本市で、ドローンを何台も飛行させてやっていました。まだその当時、制御できないから、マニュアル飛行でしたね。それを見たときに「100台ぐらいで飛行すれば壮観だな!」と思っていたら、インテルをスポンサーにつけて、100台を実現させちゃいましたね。ギネスにも登録されました。つい最近早速500台になっちゃいましたよ(笑)。
【田口】もともとドローンの群体飛行について、猪川さんは「絶対面白いと思う」と言っていましたよね。
ドローンは一機じゃなくて、何十台も飛んで群体飛行をする…というのが魅力的だと思っています。エンタメ分野にも使えるなと。元々僕は広告業界にいたんですけど、この分野は特に目新しいものが重宝される世界です。日々何かないか?と探している業界なので、新技術で面白ければ、即起用です。広告の世界は予算もあるから実験しやすいんです。
【田口】ドローン×レースの方はどうですか?
空を自由に飛んでスピードが出るドローンは、レース向きですよね。ドローンを知った時からレースは楽しいだろうなと思いました。 元々、国際ヨットレースのアメリカズカップやF1などレースは大好きで、スピードに対する興味もあります。ドローンレースは、十分エンターテイメント化しますよ。そういう意味では、今年3月にドバイで開催されたドローンレースのWorld Drone Prixは、粗削りでしたけど可能性を感じました。やはりFPV (First Person View.一人称視点)は、面白いですよね。自分がそこにいなくても、コックピットに座っているような感覚。肉体が解放されている事実に未来を感じますね。
あまり経験できない感覚ですし、身体と知覚が分離された感覚というのはまだ身近ではないです。映画『アイアンマン』で、アイアンマンが戦闘中に手がぽろっと落ちて「うわあ、トニー・スタークが死んだ!」と思ったら実は船の中で遠隔操作していた…というシーンがあるんですけど、あれはまさにFPVの極みですよね。
【田口】なるほど。ドローンの特徴的な機能というか、そういうものに興味があるんですね。
未知の物にはあこがれませんか?時空を飛ぶとか、そういうのが好きなんですよ。肉体はここにあるのに、精神だけ向こうに飛ぶ感覚は、まだ未経験ですからね(笑)。
未知の世界は見てみたいですよね。何でも経験してみたいです。SF小説や映画でいうと『フィフス・エレメント』、『ブレードランナー』、『トータル・リコール』の世界観が好きなんです。特にフィリップ・K・ディックの世界観は(笑)。
ドローンはその兆しを感じさせてくれる存在ですね。基本飛行や、空撮、レースだけでも面白いですけど、それ以上の価値や世界観を提供するところがドローンにはありますよね。
猪川編集長が見たドローン業界のターニングポイント
【田口】ドローン業界をいろいろ見てきた中で、猪川さんが一番印象に残っている機体やサービスなんてありますか?
一つ思うのは、ドローンの世界は「終わりなき世界へようこそ」なのではないかと。今日見た新機能が明日には化石になる事も当たり前。最終形がなく未来永劫「暫定」なのでは?と思っています。毎度、新機能を目の当たりにすると衝撃を受けます。多分この先、飛行音も無くなり、自分のすぐそばに執事みたいにずっといるドローンが出るのでは?とちょっと夢見ちゃいますよね。
【田口】アニメの『サイコパス』みたいなSF世界ですね!ドローンまわりの技術って、特にものすごいスピードで常に進化していますので、案外近い未来で実現するかもしれませんね。
ドローンに関しては、技術の跳ね上がり度が違いますよね。ドッグイヤーどころではない。振り向けば過去。毎回、新技術の跳ね上がり方を展示会で目の当たりにします。例えば、バッテリーはまだまだ伸びしろのある分野だと思います。2年前にイギリスで見たIntelligent Energy社は、水素電池を提案レベルで参考展示だったものが、今年のInterDrone(ドローンの総合展示会)では実用化に至っていました。この進化によって長時間飛行が可能になります。MMC(深センの産業用ドローンメーカー)の水素電池を動力源にしたドローンも実用化されていますし。提案レベルだったものが、あっという間に製品化されて行くこの凄まじいスピード感に立ち会えるのも嬉しいですね。
【田口】確かに、そういった意味ではドローンの進化はものすごいスピードで進んでいますね。
最近はドローン分野にも大きな投資が続きました。投資家から見ると、ドローン分野はリターンが確実にある世界だと言われています。だからハイリスク・ハイリターンではなくて、結構ローリスク・ハイリターン。ドローンに関しては、本当に魅力的な技術や知見がこの中に詰められているので、マネタイズしやすい。
【田口】猪川さんの中で、何か印象に残っている機体やサービスがあれば教えてください。
最近だと、クアルコムのSnapdragon(小型ドローン専用チップ)を実装したDOBBYじゃないですかね。小型セルフィードローンというカテゴリーを牽引する一台ですね。
実際Snapdragonの実装は、出荷ギリギリまで悩んだらしいですよ。それだけチャレンジだったみたいです。DOBBYは小型インテリジェントドローンとして話題になりましたけど、小型ドローンの流行は以前にもあったんです。クラウドファンディングサイトのKickstarterでZANO(ザノ)というドローンが一世を風靡しました。といっても極地的にですけどね(笑)。
【田口】ああ、計画が頓挫したやつですよね。史上最大のクラウドファンディングの失敗例みたいな。
よくご存知で。実は、出荷直前だったんですよ。実際に見ましたが、すごく小さい機体でした。Nanoの「N」を横に倒して「ZANO」という名前を付けたくらいなので。
【田口】あの名前にはそういう由来があったんですか。
ZANOがなぜ失敗したのかと言うと、経営サイドの問題です。入ってきたお金を使い込んだらしいです(苦笑)。もう出荷前だったのに…。商品には罪は無いです。
【田口】それは衝撃の事実です!あの機体は機能的に魅力的でしたよね。スマホで操作できて、カバンに入るサイズで、自動追尾機能もある。
ZANOの発表時はインパクトがありました。ただ、ドローンの世界で1年も寝かせたら、もう「化石」なんです。その後のお話でいうと、Micro Drone(クラウドファンディングで資金調達して小型ドローンを開発した新興ドローンメーカー)が出現し、その座を奪いました。小型ドローンに使われるチップもZANOに実装されているものとは異なり、進化モノが定番になり、さらにドローン専用のSnapdragonチップがリリースされたて現在に至ります。
【田口】そういえば、Lily(リリー)というインパクトの大きな自撮りドローンもありましたね。あれはドローンをそれほど知らない人でもSNSとかで流れてきたプロモーションビデオを見て知っていた。
ドローン業界ではLily、Lilyと言っていたのに、いつのまにかDOBBYが出ちゃって、LilyからDOBBYへみたいな(笑)。
【田口】Lilyは本当に衝撃的でした。私の周囲の何人かも飛びついていましたけど、結局、飛びついちゃった人たちが今になると「いやいや、それDOBBYでできるよ」と言っています。
だからこの世界は面白いですね。1分1秒遅ければ、もう過去のもの。残酷なまでに冷徹な厳しい世界。これからも新しいものが続々と出てくるでしょうね。飛び道具的な製品を出して飛びつかせるというのは、ひとつの手法ですけどね(笑)。人を引きつけると言う意味では、InterDrone2016(ラスベガスで開催されたドローンの総合展示会)にPRODRONE社が新開発のアーム付きドローンを出品したのは、面白かったですね。展示会初日に口コミで火が付いて、全世界のテレビ局、新聞社、出版社から問い合わせがあったそうです。PRODRONE社のYouTubeチャンネルでは、アーム付きドローンの動画だけで24万回以上再生されています。
[PRODRONE] Dual Robot Arm Large-Format Drone PD6B-AW-ARM
『DRONE』の今後の方向性
【田口】今後、『DRONE』はどちらの方向を目指して行くんですか?
二つあって、一つは弊社の『PRONEWS』を引き継ぐ本来のスタイル。映像分野を詳細に語るメディアとしては、このスペックがどうで、もしこうだったらどうだ…という、求道的な記事を粛々とやっていく路線です。それから、個人的にはドローンの向こう側にあるロボティクスだったりとか、AIだったりとか、そちらの方向に興味がありますね。やっぱりドローンは「One of Them(いくつかの中のひとつ)」です。様々な技術や要素の中の一つでしかないと思っています。その視点で我々の『DRONE』も新しい情報をいち早くお伝えしたいなと思っています。
【田口】将来的には、もっと広い視野のメディアを立ち上げるかもしれない?
取り扱いたい分野が出てくればそうなりますね。ドローンに限らず、ロボットになるのかもしれませんが…。まだまだドローンは続きますよ。派生していろんなものが出ていますよね。「疑似空撮(数メートルの長い棒の先端にカメラを取り付けて、あたかもドローンで低空飛行しながら撮影したかのような映像を撮る手法)」とかもそう。ドローンの空撮があったからこそ、疑似空撮というものが生まれたわけです。
猪川編集長にとって「ドローン」とは?
【田口】最後の質問ですが、猪川さんにとって「ドローン」とは?
ドローンそのものも魅力的ですし、進化の過程等も自分を引きつけてやまない存在です。ドローンは未来を感じる入り口なんでしょうね。何が起こるかはわからないけれども、その可能性はすごく感じますよ。どこかに連れていってくれるのではないかなと思っています。
【田口】見ている方は、やっぱりSFの世界ですよね。未来を感じさせてくれる。
SFはこれまで、荒唐無稽な未来でしか無く、実現不可能な事ばかりで、でもそれが魅力的でした。ただ近年その実現不可能な事が案外手軽に実現されています。幼い頃に夢見たものが、結構実現化しやすい世界に僕たちは生きていると思います。今を生きることで 未来を知る事が容易になりました。であれば積極的にドローンとともに未来を探しに出かけたいと思います。
ドローン業界のスピードには、魅力的な面と残酷な面がある。広い視野でドローン業界を見てきた猪川氏ならではの視点ではないだろうか。確かに、斬新な計画が発表された展示会や記者発表会に足を運んだことは自分も何度もあるが、その後音沙汰がなくなってしまった案件も数多い。日の目を見たものがある一方で、猪川氏がいうところの「化石」になってしまったものもたくさんあるのだろう。
ドローンは確実に、ものすごいスピードで進化していく。10年後、もしかしたらドローンは「ドローン」ではなく、何か別のものに進化しているかもしれない。そしてまた、その現場には表も裏も知りつくした猪川氏がいて、その時代の「メディア」で魅力を伝えているはずだ。(腰痛が長引いているので、その頃は生身の身体をベッドに置いたまま精神のみ飛来させて取材をしているかもしれません…猪川編集長談)
インタビュアー紹介
田口 厚
株式会社 Dron é motion(ドローンエモーション)代表取締役
1998年〜IT教育関連NPOを⽴上 げ、年間60回以上の⼩学校現場における「総合的な学習」の創造的な学習⽀援や、美術館・科学館等にてワークショップを開催。その後Web制作会社勤務を経て中⼩企業のWeb制作・コン サルティングを主事業に独⽴。
2016年5⽉株式会社Dron é motionを設⽴、IT・Web事業のノウハウを活かしながら空撮動画制作・活⽤⽀援を中⼼に、ドローンの活⽤をテーマにした講習等の企画・ドローンスクール講師、Web メディア原稿執筆等を⾏う。「Drone Movie Contests 2016」 ファイナリスト。
http://www.dron-e-motion.co.jp/
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