ランチ特集─ランチを制するものは、ビジネスを制する
創業60年を超えるおにぎり専門店に教わる、働く人を支えるパワーフードとしてのおにぎりの作り方
おにぎりは日本人にとってのソウルフードの1つ。おいしいだけでなく、手軽に食べられて腹持ちも良いので、現代の忙しいビジネスパーソンにとっても人気のランチメニューです。
おにぎりの歴史は古く、弥生時代にはすでに食べられていたという説もあります。はっきりとした起源と言われているのは平安時代。貴族から使用人に与えた弁当だったとか。戦国時代の兵食を経て、江戸時代には海苔を巻かれた現在の形になり、庶民の食べ物として一般化。忙しい合間に食べられるとして、戦後の復興の一助にもなりました。おにぎりは、いつの時代でもパワーフードとして働く人を支えています。
とはいえ、普段は特に意識せずに食べているはず。今回は創業昭和29年の東京で最も古いおにぎり屋さん「おにぎり浅草宿六」の3代目、 三浦洋介さんにお弁当に作るときのポイントや、家庭でできるおいしいおにぎりの作り方を教えていただきました。また老舗の背景や、仕事を通して感じるおにぎりの魅力についてもお聞きしました。
歴史ある浅草の街で長年愛されるおにぎり屋さん
「おにぎり浅草宿六」があるのは、下町の雰囲気が漂う浅草。街の雰囲気になじんだ佇まいです。お店に入ると、カウンターの前に具材が置かれたショーケースが目に入ります。注文を受けるたびに握ってもらえる形式で、まるでお寿司屋さんのよう。昼の時間は三浦さん、夜の時間は三浦さんの母親である、2代目がカウンターに立たれているとのこと。
浅草には会社が少ないので、昼間の客層はお年寄りや主婦がメイン。夜は会社員のお客さんもいるものの、自営業者が多いとか。「飲んだあとのシメ」として来るので、22時から午前2時と遅い時間にしているそうです。
60年間親しまれる、おにぎりの味
おにぎりの具材は、一番人気だという鮭や昆布といった定番から、福神漬けや紅ショウガのように、一般的にはちょっと変わっているなと感じるものも。具材のラインナップは三浦さんの祖母にあたる初代のときのままなのだそう。「初代がおいしい、と思ったものなのでしょうね。それに紅ショウガや福神漬けは脇役のイメージをもたれているのでしょうが、自分はイメージ先行というのが好きではなく、自身がおいしいと思うことを重視しています。実際、福神漬けや紅ショウガはおにぎりに合いますよ」と三浦さん。特におにぎりに合うようにアレンジされたものというわけでもないそうです。
今回は、三浦さんが個人的に好きだという「生姜の味噌漬け」と、自分が好きな「アミの佃煮」を頼みました。
おにぎりは想像した以上に、ふんわりと柔らかく握られていました。そしておにぎりを巻くだけでは飽き足らず、贅沢に大きくはみでている海苔。かぶりつくと、口に入れた途端にご飯が惜しみなく入れられた中の具材とともにほろっとほどけ、口いっぱいに広がります。お米の粒はひとつひとつが立っていて、かみしめると、具材とご飯が一体となった旨みを感じると同時に、ご飯の甘い香りと海苔のいい香りが一緒になって鼻からぬけていきます。
手で手軽に食べるランチとして、サンドイッチやハンバーガーなどもありますが、おにぎりを食べている人は、いずれもほかではないくらい顔がほころんで幸せそうに見えます。自分もそういう顔をしていたに違いありません。
また、おにぎりの具材として「生姜の味噌漬け」は初めて食べたのですが、生姜が大きめにスライスされているので、おにぎりの柔らかさに対するシャキシャキ感が楽しく、ご飯によく合う甘辛さのなかにピリッとしたアクセントがあって、とてもおいしかったです。仕事の昼休みにこんなおにぎりを食べたら、疲れも吹っ飛びそうです。
ビジネスパーソンへおにぎりを作るときのアドバイス
「おにぎりのプロ」である三浦さんに、ランチにビジネスパーソンがおにぎりを作ってもっていくときのアドバイスをお聞きしました。
「まずは当たり前のように思えるかもしれませんが、素手で握らないこと。朝に作って昼に食べることを考えると、衛生面に気を付けることが第一。手で握ったほうがおいしいという考えもありますが、目から見たイメージゆえで、気持ちの問題だと思う」とのこと。それに旨味の成分が手に付着してしまうとすると、ラップで握ったほうが旨味が逃げなくておいしいのではという考え方だそう。「ただし職人としては、塩加減や握る圧力がラップ越しだとわからなくなってしまうので、素手で握っています。でも、お弁当として朝作ってから昼まで食べずに置いておくなら、ラップを使ったほうがいいでしょう」
また、よく論点になる「おにぎりを包むには、ラップ、アルミ、紙のうちどれがいいのか」についても聞いてみました。
「味には関係がないと思うので、握ったものをそのまま包む、レンジで後から温められるといった用途を付け加えられる点でラップはメリットがあると思います。とはいえ、密閉されるので湿気でぐちゃぐちゃになってしまわないよう、気を付ける必要があります」そして、アルミで包んだものはおいしいという意見があることに関しては、「粗熱がとれていない状態で包んだ際、湿気が逃げてくれるからおいしいということでしょう」つまり、握ったあとにしっかりと粗熱をとっておくことが、お弁当箱におかずやご飯を詰めるときと同様で、おにぎりでも重要ということですね。
家庭でもできるおいしいおにぎりの作りかた
Video: ライフハッカー[日本版]編集部
プロでなくても家庭でできる、おいしいおにぎりの握り方を教えていただきました。
・炊飯器からごはんを出して、ほぐしながら広げます。冷めるので、握りやすくなります。
・真ん中に具材を入れます。
・まわりのご飯をかぶせます。握るときに無駄な圧力を加えないで済むからです。
・手に塩をつけて、三角形に整えます。いきなり手にもって三角形に握るのは難しいですが、これで三角形になるためのガイドができます。
・あとはちょっと成形のために手を加えるだけです。1回、2回、3回、とリズミカルに軽く握ります。
・慌てずに粗熱をとるため、置いておきます。
・表面が乾いたら、のりを巻いて完成。
「おにぎり浅草宿六」のおいしいおにぎりの秘密
「おにぎり浅草宿六」では、おにぎりはどのように作られているのでしょうか。
材料のお米は基本的に新潟産のコシヒカリとのこと。コシヒカリは味や香りが強いので、海苔の香りの強さや具材の味に負けず、おにぎりにしたときにバランスが良いのだそう。インタビュー当時は9月末で、コシヒカリの新米が出るには少し早い季節。ちょうどこれから決める時期なので、どう決定しているのか聞いてみると、いつも決まったところで購入するわけではなく、毎年自分で味をみて決めるそうです。以前に隣同士の田んぼの方がコシヒカリを売りに来たことがあり、日照条件や水まで同じなのに、食べ比べると明らかに味が違ったとのこと。お米のおいしさは銘柄で言われがちですが、自身の舌で判断することが大事なのがよくわかるエピソードだと感じました。10月の終わりには、これからの1年に使うお米を確定させるそうです。
毎日2.5升~6升のご飯が毎日炊かれるのは、羽釜。炊飯器のCMで「羽釜のように炊ける」がキャッチフレーズになるくらい、ご飯がおいしく炊けるものの代名詞として、おなじみです。道具そのものはメーカーがなくなってしまうこともあるので全く同じというわけではないですが、羽釜を使って炊くスタイルは一代目の頃のまま。炊けたご飯は保温機にいれてカウンターに置かれ、おにぎりに握られます。また、具材も購入先が潰れてしまったところ以外は、1代目の頃から同じところのものを使っているそうです。ちなみに、カウンターに具材が入れられたケースも当時のまま。恰好良いですが、もともとは当時のおおらかな時代ではよくあった、お客さんのつまみ食い防止のために導入したのだとか。
原材料が同じでも握る人で生じるそれぞれの味わい
これらを使って握られるおにぎりは60年、時代による味覚の違いを意識して味や握り方を変えるようなことはしていないとのこと。でも、1代目、2代目、3代目で、それぞれ握り方は違うのだそう。「2代目の握るものが最も柔らかく、3代目の自分が握るものが最も固いと思います。夜は2代目である母が握っているのですが、母が握ったおにぎりが好きなお客さんは、私の作ったものは食べません。逆に私の握ったおにぎりが好きなお客さんは、母の作ったものは食べないんです」と三浦さん。とはいえ、3人のなかでは固いと言われている三浦さんのおにぎりですが、普通のおにぎり屋さんの作るものよりはゆるく握っていると思うとのこと。
原材料が同じでも、握り方によってそれだけの違いがあるということで、シンプルだからこそ奥が深い食べ物であると感じます。
1代目の握ったおにぎりが今はもう食べられないのは残念ですが、「おにぎり浅草宿六」は1代目が、夫が働かないので食うに困って始めた店なのだそう。「宿六」とは仕事をしない甲斐性なしの夫という意味。これが店の名前の由来です。壁には1代目の言葉を1代目の友人が書いたものが飾られており、なかにはそんな夫に向けた「あてつけ」も。これも1代目が握っていたときのままだそうで、当時を想像させ、それがあるからこそ現在の店があるということを感じさせます。
三浦さんのおにぎりに対する思い
「おにぎり浅草宿六」では、1代目からのメニューを守って変わらないおいしさを提供している三浦さんですが、「おにぎり応援大使」として「おにぎり協会」とともに、おにぎりの地位を向上させるべく、奮闘しているそうです。ミラノ万博の際は、イタリア人にとって料理はお酒に合うことが大事でチーズやオリーブオイルが好まれるので、それらを使ったうえで自身もおいしいと思うおにぎりを作ったそう。でも、伝統的な具材の梅干しもベジタリアンには健康にいいことが認知されていて、「あのUMEBOSHIを食べた、ラッキー」という感覚でウケたのだとか。また、おにぎりは「外国人が一人で作れる日本料理」という付加価値があるので、世界にもっと広がる可能性があると感じたそう。たいていワークショップを行うと、参加した外国人から「俺、はじめて日本料理を作った!」という感想が聞かれるそうです。
そして、日本のイベントでも普通は具材に使わないような高級食材を使うなど、おにぎりの新境地開拓を試みているのだとか。「おいしさを追求するならばもっとおいしいものは作れるし、それを食べてもらいたいと思うものの、価格が高くなってしまいます。一般的におにぎりは手頃な価格で気軽に食べられるもの、という感覚をもたれています。通常では、1個千円もするおにぎりは購入してもらえません。可能な中で最大限いいものを提供するしかなく、それがジレンマでもあります。まずはイベントを通しておにぎりの可能性を知ってもらい、意識を変えていけたら」と三浦さん。「お寿司でも、銀座の高級なものから回転ずしまでいろいろなものがあるので、おにぎりにも同じようなラインナップがあっていいと思うんです」
それに今は情報過多の時代なので、お米、水、塩など、周りがいいという情報に左右されすぎているように思うそう。これまでの三浦さんの言葉からも、大切なのは自身で感じて判断すること。「おにぎりは、自分が本当においしいと思うものを、好きなように食べるのが1番」
どの具材のおにぎりを食べると身体にいいとか、効率があがるといった難しいことは考えず、食べたい具材をおにぎりに入れて持っていき、食べることを楽しみましょう。それがもっとも身体と心を満たしてくれるはず。今回教えていただいた、おにぎり作りのテクニックを使えば、さらにレベルアップしたパワーフードになります。仕事の疲れも癒され、やる気もチャージされそう。そんなおにぎりをもっと活用しましょう。
取材協力: おにぎり浅草宿六
東京都台東区浅草3-9-10
03-3874-1615
Image: ライフハッカー[日本版]編集部
今井麻裕美
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