天才棋士・羽生善治は人工知能と対峙して、何を思ったか?
人工知能を見つめる棋界の天才
史上初七大タイトル独占など将棋の世界で数多くの偉業を成し遂げている、天才・羽生善治さん。
対局中の思考力や記憶力についても常人離れした逸話を多く持つ羽生さんは、ともすると今流行りの人工知能に興味がなさそうにも思えます。しかし実は棋界で最も人工知能に興味を持っている1人が羽生さんなのです。
NHK出版新書『人工知能の核心』は、そんな羽生さんがNHKスペシャル取材班とともに世界中を飛び回り、人工知能の最前線に触れた羽生さんの考えをまとめたもの。
ここではこの著書から、稀代の棋士が考える人工知能との向き合い方を紹介しつつ、私たちがいかにして人工知能と共存しながら働いていくかを考えます。
「美意識」は人間だけのもの?
羽生さんによれば棋士は一つの手を打つ間に、以下の3つのプロセスを踏んでいます。
1.直観
2.読み
3.大局観
ジョブズの言葉を借りれば、直観は「やらないことを決める」ためのプロセスです。将棋には1つの局面につき平均80通りもの指し手があるとされます。
これを毎回ひとつひとつ検討していたのでは時間も体力も足りません。そこで直観を使って要点となる手を一気に2〜3手に絞り込むのです。
読みは直観の後に行う論理的な検証です。しかしここで検証されるのはたった2〜3手ではありません。
自分が指したあとの相手の手、それに返した自分の手に対する相手の手……とどんどん先までシミュレーションするので、倍々ゲームで検証する手はどんどん増えていきます。
仮に自分と相手が3手ずつ思いついたとすると、10手先まで考えるだけで6万弱の可能性が広がっています。
棋士はここで大局観を使います。目の前の一手から離れ、序盤から終盤までの流れを見極めて、先の戦略を絞り込むプロセスです。
羽生さんは自分がプロになってから30年、成長したのはこの大局観の能力だといいます。
こうして見てみると、棋士=人間が行う意思決定プロセスのポイントは「瞬時にして絞り込む」という作業だということがわかります。
羽生さんはこの作業の巧拙を、棋譜を画像として認識し、その美しさ・醜さを判断する「美意識」の有無が握っていると考えています。
“実のところ、私は、棋士が次に指す手を選ぶ行為は、ほとんど「美意識」を磨く行為とイコールであるとさえ考えています。引用:前掲書p75”
そしてこの美意識こそ、これまでの人工知能にはない思考様式だと指摘します。
人工知能は棋士が行う1〜3の意思決定プロセスのうち、2の読みに特化した意思決定プロセスを持ちます。6万弱の可能性を文字どおり一瞬で検証し、その中から最も「評価値」(有利な手かどうかを判断する評価関数が導き出す数値)が高い手を選ぶのです。
ここには美意識による絞り込みはなく、ただ機械的で論理的な思考があるだけです。
この将棋における意思決定プロセスの違いを見ると、昨今の一流のビジネスパーソンがこぞって美意識を磨いているのにもつながります。
少なくとも現時点において、「美意識」は人間に固有のスキルと考えている人が多いのでしょう。しかし羽生さんが目の当たりにした人工知能の最前線では、すでに状況は変わり始めていました。
羽生善治が直面した人工知能の「新たな局面」
以下で羽生さんが直面した人工知能のいくつかの新たな局面に簡単に触れておきましょう。
●美意識≒概算能力を身につける人工知能
アルファ碁に採用された「Policy Network」という手法は、人工知能の弱点であった「美意識」を概算機能という形で作り上げています。
膨大な数の可能性の中から有望な手だけを絞り込み、そこから読みを深めていくので、従来の人工知能よりもさらに効率的に手を選ぶことができます。
美意識すなわち概算機能というと違和感はありますが、すくなくとも「瞬時にして絞り込む」という美意識に似た能力を、人工知能は持ち始めているのです。
●「人間らしい人工知能」の研究
ソフトバンクのロボットPepperは、人間の表情や声色から感情を読み取って行動に反映することができます。これには「感情地図」というプログラムが採用されており、感情を数値化して判断・行動につなげています。
機械に感情を持たせるかどうか、そもそも感情を持ちうるのかという議論は、すでに次のステップに進んでいます。
あるいはアメリカ・マサチューセッツ州のタフツ大学の人工知能ロボット研究・開発チームでは、人間もしくは他のロボットに危害を加えかねない命令を受けたとき、ロボットが自ら命令を拒否できるプログラムの開発を行っています。これはいわば人工知能に倫理観を学ばせる研究です。
●クリエイティブすら「人間だけの領域」ではない
また、人工知能研究はクリエティブ部門にまで及んでいます。「The Painting Fool」という人工知能は、人工知能自身の「気分」によって絵を描いたり、「気分」が乗らない日は頼まれても描かなかったりするという一風変わった描画ソフトです。
このソフトが描く絵は「人間とそっくりに」というわけではありません。しかし人工知能から見た世界を覗き見るという意味では、芸術の新たな局面切り開く研究でしょう。
このThe Painting Foolを開発した研究者は人工知能によって作られたミュージカルも公演していて、羽生さんいわく「そうと言われなければ、人工知能が作ったとは気づかなかったように思います」(前掲書p135〜136)と打ち明けています。
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